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怪談噺の共通点

仕事柄、多くの方から怪談噺を聞かされたり、また、興味本位で取材をすることがあります。そこであることに気付いたのです。怪談噺の共通点のようなものに・・・・・・。

 

 

 

筆者はあくまでも仕事を兼ねて怪談噺を収集するだけであり、決して怪談噺そのものを肯定するわけではありません。むしろ、どちらかと言えば否定派に属しているつもりです。

 

否定派として話を聞くからこそ、肯定派が気付かない矛盾や共通点に気が付けるのでしょう。

 

さて、私が気が付いた怪談噺の共通点をお教えしましょう。

 

それは、『曖昧な線引き』ということです。実は人々が語られる怪談噺とは、時刻や場所が曖昧な点が多いのです。ただし、意味を取り違えないよう頂きたいのです。ここでいう『曖昧』とは、体験者の記憶が曖昧という意味ではありません。決して、体験者の方を愚弄する意味ではありません。誤解されないようご注意下さい。

 

つまり、怪談噺に、「地獄に行ってきたよ」、「何時何分に必ず幽霊が出るよ」という明確な証言はありません。

 

私が述べている『曖昧』とは、体験者の記憶のことではなく、その現象が起きる時間帯や場所がグレーゾーンにあるということです。

 

例えば、時刻。勿論、体験者によっては真夜中にも現象は起きているようです。しかし、圧倒的に多いのは、夕方なのか、夜なのか? 夜中なのか朝方なのか? 昼から夜への境、夜から朝への境という、きっちり夜というわけではなく、曖昧な時間帯に起きることが多いようです。

 

また、場所にいたっては、もっと顕著です。皆さんが、心霊スポットと思われる場所はどこでしょう。例を挙げると、「橋」、「トンネル」、「廃墟」といった所ではないでしょうか。この三ヵ所は三大心霊スポットとして認定されてもいいのではないでしょうか。

 

では、その三大心霊スポットの曖昧さをお伝えしましょう。

「橋」・・・・・・渡る前のこちら側なのか、渡ってからのあちら側なのか?

「トンネル」・・・・・・入る前のこちら側なのか、出たあとの向こう側なのか?

「廃墟」・・・・・・人工物と呼べるものなのか、草木で覆われ自然物となってしまったものなのか?

 

つまり、このように、怪異な現象が発生する場所とは、日常と非日常との間にある微妙な曖昧な位置なのではないでしょうか。こういう曖昧な場所というものが、人間の本能を不安にさせ、怪異現象を体験することになるのではないでしょうか。

 

もう少し掘り下げてみましょう。

 

 

「橋」といえば、川や湖を渡るために架ける人工物です。特に短急な川を多く持つ日本人にとって、畏れ多く、生活になくてはならない場所です。そして、自然災害も多い上、自ら命を絶つ者が利用する場所でもあります。

 

その畏れ多い場所の上に架ける橋であれば、否応なしに、怪談噺が生まれます。地に足が付いているのか、いないのか、水の上なのか、地の上なのか・・・・・・その曖昧さが不安を増幅ささせます。

 

「トンネル」は、山に穴を開けて作った人工物ですが、日本人は心の奥底には、山にも神が宿るという山岳信仰があるはずです。その山に穴を開けるという行為に罪悪感があるのかも知れません。

 

トンネル工事が始まるとなれば、賛成派もいれば、反対派もいます。反対派からすれば、この山を削れば祟りがある、などと吹聴します。その工事中に事故でもあったものならば、すぐに心霊スポットと化します。

 

そして、トンネルの内部は、入る側なのか出る側なのかという曖昧な位置です。ただでさえ、畏れ多い山の中へ入っていき、そして曖昧な場所であることで、恐怖心が怪異体験を生むのではないでしょうか。

 

「廃墟」も曖昧です。「生」なのか「死」なのか、人の生の痕跡が多数残りながら、生を感じない場所。かといって、「死」そのものでもない。そして、明らかな人工物でありながら、草木に覆われ、動物や昆虫の住処になった様は、まるでもともとあった自然物のようにも思えます。

 

自然と一体化したような人々の生の痕跡が、生と死の曖昧な境をつくり、やはり訪れる者を不安にさせるのでしょう。

 

どうでしょう。もし、貴方が怪異現象を体験したいのであれば、曖昧な時間に曖昧な場所を訪れてみてはどうでしょう。