ある取材で、世間からは、ド底辺と呼ばれるような私立高校の卒業生Aと話す機会がありました。取材のもともとの目的は、住宅業界の現状をインタビューするものでしたが、話し込んでいるうちに、彼の日常や過去の話しなどの、プライベートなことまで尋ねていました。
気のいい彼は、恥じることもなく、こちらの質問に応じてくれ、束の間の楽しい時間を過ごすことができました。
もちろん依頼されたクライアントには、住宅業界の記事のみを伝えるだけですが、せっかく彼から聞いた興味深い話しを、誰かに伝えたく、ここで筆を執りました。
Aの通っていた高校は、近隣住民からも毛嫌いされている底辺高校。もちろん、勉強など皆目興味もなく、授業中もゲームやスマホを手にするのは、日常茶飯事。また、彼らは深夜徘徊を常としているので、学校は彼らにとって寝室のような場所でもあったといいます。
もちろん教師との関係も悪く、Aが言うには、教師の種類は大別すると二種類ということでした。常に怒鳴り散らす教師か、全くこちらを相手にせず無視を続ける、かの。さらに悪いことに、教師の人件費を抑えるために、あちこちの公立を定年退職したような年寄りを臨時教員として大量に雇っていたので、教室は荒れ放題だったそうです。
つまり、教師側もまともに授業をやる気なぞ、微塵も感じられなかったそうです。
しかし、自分が高三のときに、珍しく新任で若い教師が赴任してきたそうです。その教師は、自分よりもオッサンに見えるようなゴツい生徒の前で、初めからオドオドしていました。生徒たちは、あのセンコーは、夏休みまでもたない、とみな思っていました。
ある日、Aがその若い教師の授業に遅刻してくると、意外にも「おー、よく来てくれた! 良かった! ありがとう!」と感謝の言葉を述べたのです。
そして、「担任の○○先生も、お前のことを買ってるから、卒業までがんばろうな!」と。
そのとき、目の前で褒められ、第三者が自分を褒めてくれていることを言われ、妙に照れくさく思えた、と言います。
振り返ると、高三の十八歳になるまで、人に褒められたことなどもなく、第三者の噂は「●●が、お前の悪口言ってるぞ!」、「お前、××から嫌われているぞ!」と、そんなことばかり。
すると、いつも自分の保身のために、誰かの悪口をまき散らし、人面よくするために家族をも犠牲にする連中とばかり連んでいたことがバカバカしくなり、彼は学校でも、バイト先でも自ら後輩を褒めるようになっていった、といいます。
高校を卒業して、世間から土方言われる職業に就き、先輩や上司からも理不尽なイジメを受けてきましたが、自分は常に同僚や後輩を褒めてきたそうです。すると、いつの間にか周りからは、理不尽な人間は消え、自分にとって居心地のいい空間ができていた、そうです。
人間はメンタルな生き物です。褒める・褒められる、というだけで大きく人生に影響を与えるのかも知れません。
しかし、明日から後輩たちを褒めよう!と思ってもなかなか上手くはいきません。
自分がされて嬉しいことは分かるが具体的にと言われるとどうもなぁ。
という方にぜひおススメしたいのがこちら↓
なかなかこういう本ってレジで買うのが少しこっぱずかしいものです。
Amazonなら数ページ程度なら立ち読みも出来るので失敗も防げるかと思います。
この表紙にも書いてある通り、「誰だって、叱られるより、褒められる方がいい。」とあります。
本当にその通りだと思います。「そんなのは甘い!」という人程ぜひ読んで頂きたいと思います。
それに時代は変わります。
今はスパルタが必ずしも良いと言える時代ではありません。